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実用や本質と立場や正義がせめぎ合うブログ

コインは表と裏がくっついてコイン。 表の後ろを裏と呼び、裏の前を表と呼ぶ。 要するにコイン。

うつろいゆく沼 

Shiranuta marsh 2015

先週、久しぶりに東伊豆の“不知沼(しらぬた)の池”へ行ってきました。 もう20年以上通っている沼ですが、最後に行ったのは5年前でした。 5月下旬から6月上旬にかけて、この沼ではモリアオガエルの大産卵が行われます。
かつては水際の木々にしんしんと雪が積もったかのように、一面真っ白になるほどの卵が産み付けられていたものです。 しかし前回行った時には、沼全体を数えても片手の指で足りてしまう程度の卵しかなかったのが思い出されます。
今年はそれに比べればたくさんの卵がありましたが、それにしても過去の大産卵とは比べるべくもありません。

もとより、沼というのはそう恒久的に存在するものではありません。 とかく自然というものは人間の手によって脅かされているのだという風潮がありますしそれは一面的にはまったく正しいのですが、人の手が入らなければとっくに消えてなくなってしまっているであろう“自然”というのも世の中にはたくさんあることは事実です。 この不知沼の池もまた、隣の川からパイプで水を入れるなどの保全活動がなかったなら私が見ることはできなかったでしょう。
驚いたのは、以前は水際の1m手前でもずぶずぶの沼だったというのに、現在では水際から沼の中へ1m進んでも地面が固いままの場所さえあるということです。 つまり、沼ではなくただの池になりはじめているということです。 以前は沼の中心に背の高い水草が生え、奥の湿地帯にはアカガエルなどのおたまじゃくしがうようよ群れを成して泳いでいたものですが、今は消えてしまいました。 水草がないということは、モリアオガエルのおたまじゃくしが住処にする場所や食べ物があまりないということです。 そして、鏡のように対岸や空を映していた水が透き通り始めています。 別に前が濁っていたというわけではなく、水底の色が変わって透けて見えるようになりました。 以前は真っ黒の有機物が沈殿していて、トンネル通過中の電車のガラスが自分を写すように、全ての景色を写しとっていたのです。 それが現在では、一部砂浜のように白い砂に変わってきています。

沼は美しいです。 正直なところ、山登りをしても私はあまり感動したことがありません。 登頂も日の出もあまり興味にならない。 しかし、この沼はきれいだな、と素直に思えるんですよね。
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2015/06/17 Wed. 17:04 | trackback: -- | comment: 0edit

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