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実用や本質と立場や正義がせめぎ合うブログ

コインは表と裏がくっついてコイン。 表の後ろを裏と呼び、裏の前を表と呼ぶ。 要するにコイン。

鳴くものなく 

Shiranuta marshみなさんに思い出の旅行地はありますか。

The last seen.



何度も伊豆へ旅行した記事を投稿したことがありますが、私は小さいときからずっと伊豆へ通っています。
夏は海があります。 冬だって温泉があるし、魚だっておいしいです。
しかし最も大切な思い出の場所が、不知沼の池(しらぬたのいけ)という沼でした。


最後まで地図を拡大すると、指定したポイントが水地であることが分かります。 今では舗装がされて車でも行きやすくなりましたが、昔は大きな石がひいてある大変な荒れ道の連続で、地元のタクシーの人がはまって動けなくなることもありました。 今の道なら、海岸線からはだいたい3~40分の距離でしょうか。

なぜこんな場所に20年来通い続けているのか。 それは、モリアオガエルの大産卵を観るためです。
モリアオガエルとは、水中ではなく水辺の枝先に卵を産みつける珍しいカエルです。 国の天然記念物に指定されています。 不知沼の池はこのモリアオガエルが大量に産卵を行うスポットとして有名な場所なのです。

しかし、不知沼の池でもう大産卵が見られることはないでしょう。
卵がなくなってしまったのです。

Shiranuta marsh

5月末から6月頭にかけて・・・この沼には毎年たいへんな数の卵が産み付けられ、水際の枝という枝、葉っぱという葉っぱは全て真っ白になるほどでした。
それがどうでしょう。 これが今の不知沼です。 かつての産卵期に来たことがない方は、それでもきれいな沼だなぁと思うかもしれませんが、この光景を見て私は非常に悲しい気持ちになりました。 カエルも鳴かず、卵もなく、ただひっそりとした沼。 それは、もうこの沼にカエルが来ないことを意味しているのです。

Shiranuta marshこの沼全体で、卵はたったの5つ。 そのうちの1つがこれです。

通常こういうところには生みつけません。 倒木に生むことはありますが、木の幹ではなく、枝に生みつけます。

なぜこんなに少なくなってしまったのか。
この沼は、実は昔はもっと大きかったんです。 しかしすり鉢状の地形で周囲から土砂が崩れ出すようになってから、水の深さがどんどん遠浅になってしまったといいます。 「いいます」というのは、私が前回ここに来たのが中学生くらいまで遡らなければいけないからです。 6月頭なんて、普通は学校があって来られませんからね。
その結果、水草が激減してオタマジャクシの食料がなくなり、卵を産みに来るカエルも少なくなってしまいました。 また、水深だけでなくそもそもの絶対的水量も減少してしまい、以前は考えられなかったところまで普通に歩いていける状態でした。

Shiranuta marshここは、以前であれば歩くどころか水がいっぱいで降りることすらできなかった場所です。 地面は固まり、まるでずっとこういう地形だったように見えます。
水はちゃんと入っているんです。 しかし、それ以上に抜けていってしまっているんでしょう。 流れ込んだ土砂が水を吸うのか、底の抜けたタライのように地下へ浸透してしまうのか。 いずれにせよ、このままいけばもっとこの沼は小さくなってしまうでしょう。

Shiranuta marshこの沼の水源はこれです。 見ての通りの人の手によるものです。 私が幼稚園で初めてこの沼へ来た時から水を流し込んでおり、これがなければとっくの昔にこの沼は干上がってなくなっていたでしょう。
これだけのエコブームで世間はやれロハスだ自然だとわめいていますが、人の手が入らない=素晴らしいと思っているアホな自称活動家がやたらと多くて呆れます。 ハッキリ言って人が全く踏みいらない山なんて恐くて歩けませんよ。 しょせんそのへんの人がピクニックに来て「いい自然だぁ~(*´ω`)」なんて言ってる程度の自然というのは、人が歩き、時には手を加えてその姿を保っているんです。
この沼にしても、隣の川から人間が水を引かなかったらとっくになくなっている自然です。 モリアオガエルの大産卵も起こらず、早々にただの窪地へと変化したであろう土地。 「人間が立ち入らなければ自然はそのまま姿を保ち続ける」なんて事を言うメルヘンな人が世の中にはたくさんいますが、自然も有限であり変化し続けていることを棚上げしては何にもなりません。 何もせずほっといたって砂漠になることだってあります。 しかし人間が林業をして森を手入れすればどうでしょう。 砂漠にはなりません。 人間も自然の一部であるとはそういうことです。

何はともあれ、沼という1つの命が終わりつつあります。 悲しいことですが、仕方のないことです。
お疲れ様という感じですね。
さらに多くの水を引く計画もあるようで、横には新たなパイプが積んでありましたが実際はどうなのでしょうか。
今回貼り付けた以外にも写真をアップロードしてありますから、もし見たい方はFlickrでご覧になってください。

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2010/06/06 Sun. 23:10 | trackback: -- | comment: 0edit

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